飯伏とデヴィットの点と線

先日、新日本プロレスワールドで公開された飯伏vsプリンス・デヴィットのBOSJ戦は2人の初戦でしたね。

2009年前後はユークス時代だからなのか、新日本プロレスが沈んでた頃だからなのかは分かりませんが、VTRが極端に少なくて寂しいです。徐々に増えていくと嬉しいですね。

2009.6.14 BOSJ準決勝

この日付でピンと来る方は、かなりのプロレス通ですね。対戦している2人の腕に巻かれている黒い紐は喪章です。前日にNOAHの三沢光晴選手が対戦中にお亡くなったので巻いていたそうです。

それにしても飯伏の髪型が若いですね〜。この年のBOSJは飯伏だけでなく、NOAHやDragon Gate等、他団体の選手がエントリーしていたのが印象的でした。それに呼応して金本選手が「新日本の強さを見せてやる!」といつも以上に気合が入っていたのが印象的なシリーズでした。

この試合で、その場跳びのカンクーン・トルネードを見せていたと思ったら、飯伏いわく、「その場跳びのスターダスト・プレスです!」と。自分でも分からなくなるので、カンクーン・トルネードの時は左回り、スターダスト・プレスの時は右回りにしているそうです。自分にはどちらがどっちかさっぱり分からなかったですが…。

こちらのDVDに自身が解説した試合が掲載されています!

この試合を機に2人のライバルストーリーが始まりました。

2009年〜2010年の2人

この辺りは、2人が絡むところも、ここの試合の動画もありません…涙

2009年12.22のSUPER J-CUPで、飯伏は再び新日本プロレスに参戦。1回戦の外道戦で、飯伏は後楽園ホールの先週入場口の鉄柵からのムーンサルトを魅せるも、外道のインサイドワークに翻弄されて敗れています。

バルコニー席から飛び降りた人もいましたが、北側の席からぴょんぴょん飛んでいって、あんな不安定なところからムーンサルトを決める飯伏もすごかったです。DVDには掲載されていますが、ワールドでも公開されて欲しいですね。

2010年のBOSJでは再び2人が、今度は決勝の舞台で対決!フェニックススプラッシュの勢いが凄過ぎて、飯伏は着地時に肩を脱臼して再び敗退。何かのVTRで見た時には、肩に骨の形が完全に浮き上がる程の威力でした。

2010年6.19にプリンス・デヴィットは丸藤戦に勝利し、IWGPジュニアヘビーのベルトを初戴冠。その年のG1 CLIMAXへの出場も果たしました。最近で言えばウィル・オスプレイのような活躍ぶりです。順調にスター街道を走るプリンス・デヴィットと比べて、飯伏はまだこの頃は人気は出ているものの結果が出せていませんでした。

2010年10.11 IWGPジュニアタッグ選手権

転機が訪れたのはこの試合。プリンス・デヴィットと田口が組んだ”Apollo 55″と飯伏とケニー・オメガが組んだ”Golden Lovers”の対戦です。

出典:新日本プロレスワールド

今の田口しか知らない人にとっては、このタッグの司令塔が田口だと言うことにびっくりするかも知れません(笑)が、お互いの連携や合体技のキレが素晴らしいです。ジュニアの戦いでは珍しくその年のベストバウトも取っている程の試合でもありますので、ワールド会員の方は必見です。

その年の年末にもジュニアタッグ選手権(vs邪道・外道戦)が行われ、Golden Loversが勝利。満を辞して飯伏は東京ドームでプリンスデヴィットのIWGPジュニアヘビーのベルトに挑戦します。

2011年の2人

2011年は比較的多くのVTRがあります。よかったよかった。

2011年1.4 IWGPジュニアヘビー選手権で両者が再び激突し、同じ1月の23日には再びタッグでApollo55 vs Golden Loversが行われています。

再び激闘が繰り広げられましたが、結果は共に飯伏の敗退。再びプリンス・デヴィットがリードします。

そして、その年のBOSJに飯伏は三度参戦。子どもの頃から憧れだったザ・グレート・サスケと初対決に飯伏は試合開始から涙目。サスケ戦を制した飯伏は決勝の6.10 田口戦も勝利し、3シリーズ目で遂に初優勝。この辺の試合が無いのも寂しいです…

2011.6.18 IWGPジュニアヘビー選手権

BOSJで優勝をした飯伏はプリンス・デヴィットと対戦。遂にシングル戦で初勝利し、IWGPジュニアのベルトを初戴冠します。

7.14 にプリンス・デヴィットはDDTのリングにベルト奪還に行きますが、返り討ちに会っています。

そして、その年の9月に再び飯伏は肩を脱臼。IWGPのベルトを返上しています。

2012年の2人

飯伏が怪我をしていたこともあってか、この年は2人の直接対決は無いと思いますが、ロウ・キーが新日本プロレスに戻ってきて、IWGPジュニアのベルトを巡る戦いは三つ巴となりました。

また、DDTのリングではありますが、8.18 ケニー・オメガとの伝説のKO-D選手権があった年でもありました。場外への雪崩式フランケンシュタイナーを含めた荒技連発の試合です。

2013年の2人

2012年の総括するような戦いが、1.4に行われました。飯伏、プリンス・デヴィット、ロウ・キーによるIWGPジュニアヘビーの3wayマッチです。ロウ・キーのスーツ姿で戦う様子が印象的でした。

また、この年はBULLET CLUBが結成された年でもありました。そして2人ともG1に参戦。飯伏は中邑との一戦がベストバウトに選ばれる一方で、プリンス・デヴィットはBULLET CLUBの介入前提としたダーティな戦い方に終始するようになりました。

そして、飯伏はこの年の10月に二団体所属が発表されました。

2014年の2人

2014年1.4、おそらく最後になるであろうIWGPジュニア選手権。ホラーペイントのプリンス・デヴィットに何か覚悟のようなものが見えました。

2014年4.6、プリンス・デイヴィットは、Apollo55で切磋琢磨したであろう田口と最後の対決。BULLET CLUBのメンバーを自ら退けて、フェアな戦いを望んだプリンス・デヴィットには泣かされました。そしてその翌日に新日本プロレスを退団し、WWEへ旅立ちました。

2人のストーリーがこれから繋がる事は無いでしょうけど、若い頃に繰り広げた戦いによって、2人とも大躍進を遂げたものと思います。今回新日本プロレスワールドで公開された試合は、その始まりだと思うと非常に感慨深いですね。

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